作曲家のためのミニマルPC論:楽譜制作に必要な最低限

音楽制作

作曲家や編曲家が一日の大半を過ごす場所は、必ずしも立派なスタジオとは限らない。

カフェの片隅、移動中の新幹線、あるいは自宅の小さな机の上。現代の音楽家にとって、PCは「五線紙の延長」であり、同時に「印刷工房」でもある。では、そのPCをどこまでミニマムにできるのか?これは単なるガジェット談義ではなく、創造のワークフローを左右する重要な問いだ。

楽譜制作における「最低限」を定義する

「楽譜を書く」と一口に言っても、範囲は広い。たとえば――

  • アイデアを譜面に起こす段階(スケッチ)
  • 本格的に浄書してアンサンブルに配布する段階
  • 演奏イメージをNotePerformerなどで確認する段階
  • 出版やコンクール提出用にPDF化する段階

このうち、どこまでを「PCに任せるか」で必要な性能は大きく変わる。紙と鉛筆をメインにして「清書だけ」をデジタルで行うのなら、タブレット1枚でも事足りる。逆に、オーケストラ全曲をフルスコアで打ち込み、音源でシミュレーションまで行うなら、ある程度の処理能力と画面の広さが求められる。

「軽いはず」のソフトが意外に重い

スコアリングソフトは一見、ワープロ並みに軽そうに見える。しかし実際には、数十段の譜表を同時に描画し、膨大な音符情報をリアルタイムで管理する。加えて音源再生を伴えば、CPUとメモリの要求は一気に跳ね上がる。
たとえば、吹奏楽コンクール用のフルスコア(40段前後、200小節以上)を扱うと、メモリ4GB環境では動作が引っかかり、ページ切り替えだけでも待ち時間が発生することがある。つまり「動くだけ」ならロースペックでも可能だが、「実務で耐えられるか」となると話は別だ。

ノートPC最小構成(実例:Lenovo T480s)

私自身が使っているのは Lenovo T480s (第8世代Core i5搭載モデル)。中古で約2万円という手頃な価格で手に入れたが、これが「過不足ない」環境として驚くほどバランスが良い。

スコアリングソフト(DoricoやMuseScore)を立ち上げてもストレスはなく、40段を超える吹奏楽スコアでも安定して扱える。メモリは16GBを搭載しているが、8GB程度でも小編成なら問題ないと思われる。(2017年発売Mac Book Air メモリ:8GB ソフト:Doricoにおいても吹奏楽譜の制作が可能だった。)新品のハイエンド機を買わずとも、こうしたビジネスノートの中古を選ぶだけで、実務レベルの譜面制作環境が整ってしまう。

さらに、Windows環境においてオーディオ再生環境を整えるなら ASIO4ALL を導入するのがポイント。Windows標準のドライバでは遅延が大きく、Noteperformerの再生確認ではアーティキュレーションを正しく読み込めないことが発生した。これはASIO4ALLを入れることで応答性が大幅に改善する。

できること:日常の譜面制作はすべて網羅

Lenovo T480sは、いわば「実務の下限を軽々クリアする機体」だ。

  • 吹奏楽スコアの浄書:FinaleやMuseScoreで40段前後の大規模スコアを扱っても、フリーズや極端な遅延はほとんどない。
  • 音源確認:NotePerformerや軽量音源を鳴らしながらの再生も快適で、譜面チェックの用途には十分。
  • 移動作業:重量1.3kg程度で持ち運びが苦にならず、外出先の修正作業にすぐ対応できる。

つまり、日常の作曲や浄書において「足りない」と感じる場面は少ない。中古で2万円前後という価格を考えれば、これは非常に優秀なコストパフォーマンスだ。

限界点:快適さを削る条件

一方で、「ギリギリできる」と「快適にできる」は別物だ。T480sにもいくつかの限界がある。

  • 大規模プロジェクトの再生:フルオーケストラ+重い音源(Kontaktベースなど)を使うとCPU使用率が跳ね上がり、カクつきが出る。
  • 画面の狭さ:14インチ・FHDは浄書に十分だが、複数ウィンドウを並べたり、譜面全体を見渡すには心もとない。
  • ファンノイズ:CPU負荷が高いとファンが回り始める。静かな部屋で長時間作業すると、少し気になるかもしれない。

工夫でカバーするポイント

  • ASIO4ALL導入:再生遅延を抑え、MIDI打ち込みも安定化。
  • 外部モニター併用:作業場に戻ったときはHDMIで24インチ以上のモニターにつなぐことで、「小さいPCでも大きな画面環境」を確保できる。
  • クラウド保存:SSD容量が128GB程度でも、DropboxやGoogle Driveを併用すればストレージ不足を回避できる。
  • プレイバックにはワイヤレスイヤホンが最良:モニターヘッドホンを直挿ししても、PC内蔵のオンボードサウンドカードの弱さが露呈して、意味を為さない。あくまで確認用と割り切って、ワイヤレスイヤホンで聴くのが最良。

まとめ:T480sは「最適最小」の解答例

「楽譜を書くPCをどこまでミニマム化できるか?」という問いに対して、私はT480sはひとつの理想的な落とし所だった。
中古で安価に手に入り、性能は浄書作業に必要十分。ASIO4ALLで遅延を解消し、外部モニターをつなげば大規模スコアも快適。無理に最新の高額マシンを買わなくても、こうした堅実な中古ノートが「過不足ない作曲環境」を提供してくれる。

コメント

  1. notetaker_404 より:

    Lenovo T480sのコストパフォーマンスに驚きました。中古で2万円前後で手に入るとは、音楽制作の敷居が下がりますね。

    • shion より:

      コメントありがとうございます。傷アリでしたが、バッテリーの劣化も少なく良個体だったことも幸いしてます。楽譜ベースの作曲家はもともと紙とペンで作曲を行ってきた分、あくまでサポートツールとしての利用が多いかとはおもいますが、今は浄書した譜面での納品やプレイバック音源の制作は必須となってきています。もっとミニマム化できると思うので、研究してみたいです。